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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14573号 判決 1986年9月09日

原告

亡甲村春夫遺言執行者

関川慎吾

右訴訟代理人弁護士

吉永多賀誠

被告

甲村花子

右訴訟代理人弁護士

大原誠三郎

中尾淳子

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二三九六万〇六七〇円及びうち九三万六五一一円に対する昭和五九年一〇月三〇日から、うち九一七万三九二〇円に対する昭和五九年一一月一二日から、うち一五万七一七五円に対する昭和五九年一二月一一日から、うち三四万三七八〇円に対する昭和五九年一二月二五日から、うち一三三四万九二八四円に対する昭和六〇年一〇月二一日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は別紙目録一1記載の債券及び同目録一2記載の証書を引渡せ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  甲村春夫は、昭和五九年五月一八日、死亡したが、同人(以下「亡春夫」という。)は、これより先、同五六年八月一三日、次の内容の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

(一) 亡春夫は、乙川一郎(昭和四七年一二月一八日生。以下「一郎」という。)を認知する。

(二) 亡春夫の財産は、その妻である被告と一郎とに二分の一ずつ相続させる。

(三) 原告を本件遺言の遺言執行者に指定する。

2  原告は、亡春夫死亡後、本件遺言の遺言執行者に就任することを承諾した。

3  (不法行為)

(一) 亡春夫は、別紙目録二記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。

(二) 被告及び亡春夫の弟、妹ら一一名は、昭和五九年六月中、本件不動産のうち土地について、同年五月一八日相続を原因とする所有権移転登記を経由したほか、本件不動産のうち建物について所有権保存登記を経由した。

(三) 被告は、昭和五九年一二月一日、東京家庭裁判所に対し、原告を相手方として遺言執行者解任の審判申立て(同庁昭和五九年(家)第一二一〇八号)及び遺言執行者の職務執行停止の審判申立て(同庁昭和五九年(家ロ)第五〇八〇号)(以下両申立てを「本件審判申立て」という。)をした。

(四) 被告は、右(二)、(三)の当時、亡春夫が本件遺言をしたこと及びその内容を知つていた。

(五) 被告は、原告が昭和五九年一一月一二日、右(二)の被告ほか一一名を相手方として、本件不動産について所有権移転登記等の抹消を求める訴訟(東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第一二九三六号。以下「本件登記抹消訴訟」という。)を提起したことを理由に、遺言執行者の解任を求める本件審判申立てをした。

しかしながら、原告は、亡春夫の遺言執行者として、その相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し、亡春夫の相続人である被告は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできない(民法一〇一二条、一〇一三条)のであるから、本件登記抹消訴訟は正当な訴訟であり、被告は遺言執行者の解任を請求できる理由がないことを知りながら不当にも本件審判申立てをしたものである。

(六) 原告は、被告が前記(二)のとおり所有権取得登記を経由したことにより、本件不動産につき被告ほか前記一一名を相手方として処分禁止の仮処分の申立て(東京地方裁判所昭和五九年(ヨ)第七七八九号)及び本件登記抹消訴訟の提起を余儀なくされ、これによつて、亡春夫の相続財産中から別紙目録三の1及び2記載のとおり合計一〇一一万〇四三一円を支出した。したがつて、右相続財産に同額の損害を生じた。

(七) 原告は、被告が前記(三)のとおり本件審判申立てをしたことにより、これに抗争することを余儀なくされ、これによつて、亡春夫の相続財産中から別紙目録三の3及び4記載のとおり合計五〇万〇九五五円を支出した。したがつて、右相続財産に同額の損害を生じた。

4  (民法一〇一二条の権利に基づく請求)

(一) 亡春夫は、国(郵政省)に対し別紙目録四記載の定額郵便貯金債権を有していた。

(二) 被告は、昭和六〇年一〇月二一日、右定額郵便貯金の元利金として、別紙目録四記載の払戻額欄のとおり合計一三三四万九二八四円の払戻しを受けた。

(三) 亡春夫は、別紙目録一1記載の債券及び同目録一2記載の証書(以下この両者を「本件債券・証書」という。)を所有していた。

(四) 被告は、本件債券・証書を占有している。

5  よつて、原告は、亡春夫の遺言執行者として、被告に対し、不法行為による損害賠償として、一〇六一万一三八六円及びうち九三万六五一一円に対する昭和五九年一〇月三〇日(前記4(二)の不法行為の後)から、九一七万三九二〇円に対する昭和五九年一一月一二日(前記4(二)の不法行為の後)から、うち一五万七一七五円に対する昭和五九年一二月一一日(前記4(三)の不法行為の後)から、うち三四万三七八〇円に対する昭和五九年一二月二五日(前記4(三)の不法行為の後)から、各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払並びに民法一〇一二条の遺言執行者の管理権に基づき一三三四万九二八四円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二一日から支払済まで年五分の割合による利息の支払並びに本件債権・証書の所有権に基づきその引渡を、それぞれ求める。

二  被告の本案前の主張

遺言執行者は、遺言の執行を目的として、これに必要な限度でのみ行為をする権利義務を有するものであるところ、亡春夫の相続財産は、本件遺言により、相続開始と同時に被告及び一郎の二分の一ずつの共有になり、それによつて本件遺言の内容は実現されたのであつて、遺言執行者が遺言の執行のため何らの行為をする必要もないから、遺言執行者は、亡春夫の相続財産に関しては何らの権限も有しないのである。

したがつて、本件における遺言執行者の任務は、一郎の認知手続をすることのみで足り、原告は、昭和五九年一〇月一七日一郎の認知の届出手続を行なつたから、これによつて、遺言執行者としての任務はすべて終了したものである。

仮に、本件において遺言執行者が遺産分割に関して何らかの権限を有していたとしても、昭和六〇年四月一〇日、遺言執行者職務代行者江川満の立会のもとに、亡春夫の相続人である被告及び一郎の間で遺産分割の協議が成立したものであるから、本件遺言の内容はすべて実現されたものであり、遺言執行者としての任務が既に終了したことは明らかである。

しかがつて、いずれにしても本件訴えは不適法である。

なお、請求原因1、及び2の事実は認める。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1  被告の本案前の主張のうち、原告が昭和五九年一〇月一七日、一郎の認知の届出手続を行なつた事実は認める。

遺言執行者は、遺言者の意思を法的に実現することを担当する者であり、相続財産の管理をなし、遺言執行に必要な一切の行為をなす権利を有し、義務を負う者である(大審院昭和五年六月一六日判決、大審院民事判例集第九巻五七一頁、大審院昭和一五年一二月二〇日判決、大審院民事判例集第一九巻二二八四頁参照)。すなわち、遺言執行者の任務は、共同相続人の確定、各相続人の相続分の確定、相続財産の確定、相続開始時の相続財産の評価、遺産分割のための相続財産の評価及び相続分に応ずる遺産の合理的配分を行なうことである。本件においては、共同相続人及び各相続人の相続分は既に確定しているが、相続財産の確定、相続開始時の相続財産の評価、遺産分割のための相続財産の評価及び相続分に応ずる遺産の合理的配分はいまだ完了していない。そして、遺言執行者がある場合には相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(大審院昭和二年九月一七日決定、大審院民事判例集第六巻五〇五頁、前記大審院昭和五年六月一六日判決参照)から、相続人間で遺産分割の協議を行つてもこれは無効である。

第三  証拠<省略>

理由

一まず、本件訴えの適否について判断する。

1  亡春夫が昭和五六年八月一三日本件遺言をし、昭和五九年五月一八日死亡したこと及びそのころ原告が本件遺言の遺言執行者に就任することを承諾したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2 ところで、遺言執行者は、遺言者の遺言によつて示された意思を実現するために、「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務」(民法一〇一二条一項)を有するものであるから、当該遺言の内容に応じてその執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する反面、当該遺言の執行に必要な限度でしか行為をする権利義務を有しないものというべきである。

そして、本件遺言は、前記認定のように、(一)一郎を認知する、(二)亡春夫の財産は、その妻である被告と一郎とに二分の一ずつ相続させる、(三)原告を本件遺言の遺言執行者に指定する、というものである。

まず、右(一)については、遺言による認知であるから、戸籍法六四条の規定により、遺言執行者は、右届出をする権利義務のみを有するものというべきである。

次に、右(二)については、相続分の指定にすぎず、遺言執行者に遺産分割の実行まで委ねた趣旨ではないことはその文言上明らかである。そうすると、亡春夫の相続財産については、遺言を執行する余地はなく、何らの執行を要せずして相続開始と同時に、被告と一郎との二分の一ずつの共有となり、それによつて遺言の内容が実現されたものということができる(遺産分割の実行は、相続人間の協議によつてなされ、協議が調わない場合にも審判による分割によつて最終的に実現されるから、遺言執行者を必要とするものではないと解すべきである。)

結局、原告は、遺言執行者として、一郎の認知の届出をする権限を有するのみで、亡春夫の相続財産に関する管理・処分については、当初から何らの権限も有しないものというべきである。原告の引用する大審院判例は、いずれも事案を異にするもので本件に適切な先例とは言い難い。

3 本件訴えは、原告が亡春夫の遺言執行者として、被告の不法行為を理由として相続財産に生じた損害の賠償を求め、また民法一〇一二条の遺言執行者の管理権に基づき相続財産の目的物の引渡及び引渡に代る価額の返還を求めるものであることがその主張によつて明らかであるから、亡春夫の相続財産に関する管理に属するものというべきである。

しかしながら、前記説示のとおり、原告は、本件遺言により亡春夫の相続財産に関する管理については当初から何らの権限を有するものではない以上、本件訴えにおける原告としての訴訟追行権能は有せず、当事者適格を欠くものと言わざるを得ない。

二以上の次第で、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅原晴郎 裁判官一宮なほみ 裁判官加藤正男)

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